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途中まで書きすすめていましたが、どうもしっくり来ず…このふたりの関係ってなかなか難しいですよね…色んなもの抱えてる気がします、主に花形さんが(笑)




ギブスの音が耳について離れない。
いつまでも、いつまでもおれ自身を苛み、おれの人生を縛り続けている。
苦しい。
「…………」
「……くん、…………くん、飛雄馬くん!」
ハッ!と飛雄馬が己の名を呼ぶ声で目を覚ますと、自分の顔を心配そうに覗き込む顔があって、再びギクリと体を強張らせることとなった。
「は、花形さん……」
汗にまみれた体をゆるゆると起こし、飛雄馬は水でも飲むかね、の言葉に、お願いします、と返す。
嫌な夢を見た。
ギブスを外してから、もう十年以上経つと言うのになぜこんな夢を見てしまったのだろう。
この男に遭ってしまったからだろうか。
何を思ってかベッドに腰掛けた花形の姿を追うようにして、一度は項垂れた顔を上げた飛雄馬だったが、ふいにその顔が距離を詰めてきて、思わず目を見開いた。
「う……、っ」
身構える間もないまま口付けを与えられた唇に何やら冷たいものが触れ、飛雄馬は体を震わせる。
それからすぐに口の中が冷たい液体で満たされて、飛雄馬は目を閉じると同時にごくりとそれを飲み下すに至った。
冷えた口内に、花形の熱い舌が続けざまに滑り込んで来て、飛雄馬の肌は粟立つと共に、全身を紅潮させた。
酒でも嗜んでいたか、僅かな酸味の残る唾液に、煙草のそれらしき苦みが混ざっている。
「花形っ、……!」
飛雄馬は花形の体を両手で突き飛ばすと、唾液に濡れた口元を拭い、目の前の彼を睨む。
「おやおや、とんだ礼をしてくれるものだね」
「いい加減に、してくれ……」
そう言って睨んだ花形の肩の向こう、カーテンの引かれた窓の向こうで稲妻が光った。
どうやら夢の中で聞いたギブスの音は、この雷鳴を伴いながら降り続く雨のそれだったようで──飛雄馬は、世話になった、と言うなり床に足をつき、ベッドから立ち上がった。
雨はひどく降っているようで、風に煽られ木々がざわめく音が部屋の中まで聞こえてくる。
「待ちたまえよ、飛雄馬くん。出て行くのは雨が落ち着いてからでもいいだろう」
「これ以上ここにいたら次は何をされるかわからんからな」
「…………」
花形は言い返すでもなく、着ていたジャケットのポケットからシガレットケースを取り出すと、おもむろにそこから取り出した一本を口に咥えた。
マッチを擦る、乾いた音が湿った部屋に響いて、辺りには煙草の煙が漂う。
花形が嗜むそれはあまり嗅いだことのない香りがする。恐らく、彼好みの外国製のものだろう、と飛雄馬はこちらのことなど気にも留めず、煙草を嗜む花形から視線を外すと、ここに来るまで着用していた自分の衣類一式を見つけるべく、付近を見渡した。
そう言えば、ここに来てすぐシャワーをあびた気がする、と記憶を掘り起こしつつ、考えつく場所を探ったが、それらしきものは見つからず、気持ちばかりが焦る結果となった。
あれがなければここを出て行けない。
まさかこんな、裸同然の格好では。
「きみの着ていた服なら勝手をしてすまないが、クリーニングに出させてもらったよ。明日の朝には乾いているだろう」
「…………!」
「まあ、そのまま出て行くと言うのなら止めはしないがね。タクシー代くらいは出させてもらおうじゃないか」
フフフ、と花形はおかしくて堪らぬと言うような笑みを浮かべ、肩を震わせる。
飛雄馬は脱力しその場に呆けたが、すぐに唇を引き結ぶと、そのままベッドへと戻った。
未だ自分の体温が残る生温い布団を飛雄馬は頭からかぶり、目を閉じる。
早々に眠ってしまえば、花形も下手に手出しはせぬだろうと考えてのこと。
視界が不自由ゆえに、花形が立てる物音がやたらに耳につく。
行く宛もなく、雨風を凌げればと寄った商店の店先で出会った花形に、誘われるがままに身を寄せたホテルの一室。
濡れた体を暖めて来るといいと促され、熱いシャワーを浴び、部屋に戻ったところで、あんな……。
考えるのも、思い出すのもおぞましいほどの……。
雨の音がうるさい。
そうでなくとも花形の立てる物音が気になって仕方ないと言うのに。
飛雄馬は掛け布団とシーツの敷かれたマットレスの間で体を縮こまらせ、懸命に眠ろうと目を閉じるが、そう思えば思うほどに目は冴えていく。
「……眠れないのかね」
花形に声を掛けられ、飛雄馬は布団の下で体を震わせる。気付かれたか、と息を潜めるが、こちらに近付く気配があり、飛雄馬は観念し、見開いた目を閉じた。
うるさい、あっちに行け、と、跳ね除けてしまおうとも一瞬、考えたが、この部屋を提供してくれた恩もある。
花形さんが勝手にしたことだろう、と言ってしまえばそれまでだが、こんなときによぎるのはねえちゃんの顔で──おれはまたねえちゃんのせいにしてこの場をやり過ごすのか、という自己嫌悪にも駆られた。
そんなことを考えている間に、花形がベッドに腰掛けたらしく、スプリングが嫌に軋む音で飛雄馬は我に返る。
花形さんは、ねえちゃんに悪いと思わないのか。
おれたち姉弟をなんだと思っているのか。
こんなことがねえちゃんに知れたら……。
「部屋を分けようか。眠れないのはきみも困るだろう」
「…………」
花形の口から発せられたまさかの言葉に、飛雄馬は驚いたものの、緊張し、マットレスの上で縮こまらせていた手足を伸ばす。
そうして、その必要はない、と彼を擁護する言葉を口にした。
「ぼくが着替えているも元々そのつもりだったからさ。ゆっくり休みたまえ」
言うと花形は、革靴の奏でる軽快な足音を響かせ、そのまま部屋の出入り口に向かったか、その気配が遠ざかったのが飛雄馬にもわかった。
このまま行かせてしまっていいのだろうか。
いや、むしろ、あんなことをされておいておきながら、このまま黙って引き下がっていいものだろうか。
頬のひとつを張るくらい……けれども、あのままあの場に留まっていたら、凍え死んでいたかもしれないおれを、助けてくれたことは事実だ。
「ま、待ってくれ、花形さん……おれはあなたにまだ、ろくに礼も言えていない」
「礼?何を今更、熱でもあるのかね」
「そ、そんなことは……」
口籠った飛雄馬だったが、ホテルの建物そのものを揺らすような大きな雷鳴が鳴り響き、部屋の照明が忽然と消え失せたために
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