忍者ブログ
更新に日にちが空いてしまいすみません(´;ω;`)
一難去ってまた一難の繰り返しでここ10日ほどは趣味の時間がほとんど取れませんで…
連日ご訪問、ならびに拍手を押してくださりありがとうございます。
今月過ぎたら少しは落ち着くはず…星くん受けのR指定モノが読みたい…読みたい…

話は変わりますが、
読●新聞で川崎先生へのインタビュー連載が始まったようで大変嬉しく思います(*´꒳`*)
1回目は主に星について触れられていて、忙しく荒んだ心に染み渡りました…先生がお元気でいてくださることが何よりです。

そして以下、ボツネタです。
このあと、花形さんが帰宅し、寝所に忍び込んで…のつもりでした。
今週金曜にDVD出るのが楽しみです( ´•̥̥̥ω•̥̥̥`)



「お腹が空いてるの?」
ふいに、頭上から声をかけられ、飛雄馬はハッと顔を上げる。シャッターの下りた商店の軒下。
雨続きで日雇いの仕事にもありつけず、腹を満たすことも雨風を凌ぐこともできずに辿り着いた都内近郊。
野良犬に混じり、閉店となった飲食店の残飯漁りでもしようか、そう考えていた矢先の出来事。
「…………」
落ち着いた、それでいて値の張りそうな着物に身を包んだ女性がひとり、傘を差し、飛雄馬の目の前には立っている。ねえちゃん、と危うく口走りそうになって、飛雄馬はずり落ちかけたサングラスを指で定位置に戻すと、構わないでくれ、と低い声で囁く。
「ごめんなさい。突然声をかけたりして。あなた、私の弟に少し似ていて、なんだか懐かしくなって……」
「…………」
長い豊かな黒髪をひとつに結い上げた女性が上品に笑って、飛雄馬は、ああ、間違いない、ねえちゃんだ──と彼女の笑顔と仕草を目の当たりにし、確信する。しかし、こちらの身元を明かすわけにもいかず、飛雄馬は雨に濡れ、薄汚れた出で立ちでただただ押し黙り、目の前の彼女が一刻も早く立ち去ってくれることだけを願う。
「あの、よかったら、うちにいらっしゃらない?変な勧誘とかそういうんじゃないの。あなたが雨に濡れてあんまり寂しそうだから」
うちに?うちとは、花形さんの屋敷か?
なぜ見ず知らずの、得体の知れない男を屋敷に招こうとする?不用心すぎないか。
着いていったところで、夫である花形さんに門前払いを食らうに決まっているだろうに。
でも、ねえちゃんのそういう優しさに、おれはずっと救われてきたのも事実。
「招こうとしているうちとやらにはあんたひとりか?どういう了見か知らんが、不用心すぎやしないか」
「ふふ、私にはあなたがそんな乱暴なことをする人には見えないわ。タクシーを待たせてるの。少し待っててちょうだい」
「…………」
言うなり、草履や足袋が濡れるのも構わず、停めているというタクシーまで走り寄ると、中に乗り込み、こちらに後退する形で距離を詰めてきた彼女に促される形で飛雄馬は後部座席の隣に体を預けた。
これは後にわかったことだが──雨で濡れ鼠となった自分をタクシーに乗せるために、ねえちゃんは運転手に高額の礼金を払ったという話だ──。
飛雄馬は雨に濡れ、ほとんど意味を成さないサングラスを外すこともできないまま、隣に座る彼女が行き着く先まで、ぼんやりと車窓の外を眺めていた。
そうしてしばらくタクシーに揺られ、辿り着いた先、花形満の表札がかけられた豪邸に招かれ、白い清潔なタオルと共に浴室へと押し込まれる。
こうも易易と屋敷に足を踏み入れることができたのも、花形さんが出張で留守であるがゆえで、先程ねえちゃんがおれに寂しそうだったから、と声をかけてきたのも自分がそうであったからだろう。
夫婦二人で住むにはあまりに広大で、どことなく冷たい印象を受ける。お手伝いさんもいて、高価そうな骨董品が至るところに飾られた屋敷は、一見賑やかそうで明るくはあるのだが、どことなく寂しいのだ。
見たところ子供もまだいないねえちゃんは、ここでひとり、旦那の帰りを待つのだと思うと、胸が詰まる。
飛雄馬はそんなことを考えながら脱衣所で濡れた服を脱ぐと、浴室にて一通り体と頭を洗ってから湯船に身を沈めた。伴い、風呂の湯の熱がじんわりと体の芯へと染み渡っていく。
しかし、勝手に他人を招き入れて、ねえちゃんは花形さんに怒られはしないだろうか。
促されるままに風呂に入ってしまったが、早いところ出ていかなければねえちゃんに迷惑がかかる。
飛雄馬は浴槽から出て、脱衣所に繋がる戸を開ける。
足を悠々と伸ばすことのできる広い浴槽と広々とした洗い場はどうにも落ち着かず──招かれた屋敷に対しこんな感情を抱くのもどうかと思うが──飛雄馬は先程渡されたタオルで全身の水気を取ると、いつの間にか脱衣所に用意してあった新品のランニングシャツと下着を身に着けた。脱いだ服の一式は近くには見当たらず、ねえちゃんのことだ、洗濯してくれているのだろう、と彼女のしたことを咎めようともせず、飛雄馬は綺麗に折りたたまれていたサングラスをかけると、シャツと下着姿のままで脱衣所を出る。
すると、廊下で待っていたらしき彼女に出会い、これ、夫に買ったのだけれど、あの人の趣味に合わないみたいだからとこれまた新品のポロシャツとスラックスを手渡され、飛雄馬は一瞬、固まった。
「ご、ごめんなさい。勝手なことばかり……下着は用意したのだけれど、着替えにまで気が回らなくて……濡れたものは今洗濯してしまっているのよ」
「…………」
ねえちゃん、おれにはそんなに気を遣わなくていいんだよ、の言葉を飲み込み、飛雄馬はお借りします、とだけ言うと、手渡された上着とスラックスを身に纏う。少々、大きくはあるが贅沢を言える身ではないし、花形さんの私物を借りたところで結果は同じであろう。
「そういえば、お名前、うかがってなかったわね」
「……っ、」
名前、と飛雄馬は固まり、何と名乗ろうかとしばし思案してから、「名前は勘弁してください」とだけ返した。
「そうよね、ごめんなさい。さっきから私ときたら……お腹空いてるでしょう?夕飯、一緒に食べない?」
「し、しかし、いつまでもいるわけには」
「あなたが心配することじゃないわ。ふふふっ、そうやって取り乱したりするのを見てると、本当に弟にそっくり……呼んだのは私だから、あなたが私や主人に気を遣うことはないのよ」
「…………」
楽しそうに目を細め、こちらにどうぞ、と先を行く彼女の──姉の後ろ姿を目で追いながら飛雄馬は唇を引き結ぶ。その後を追って、おれは正真正銘弟の飛雄馬だよと打ち明けてしまったら、ねえちゃんは怒るだろうか。何も言わず、行方をくらませた自分を昔のように受け入れてほしいなどとは微塵も思ってはいないが、今までどこで何をしていたのと問われ、正直に話す勇気は今のおれにはない。
姉の後を飛雄馬は追い、そのまま案内されたダイニングテーブル備え付けの椅子へと腰を下ろす。
すると、目の前には魚の煮付けと具沢山の味噌汁、それに香の物と炊きたてのご飯から次々と並べられていく。昨日の残りだけれど冷蔵庫から牛蒡と人参に蒟蒻の加えられたきんぴらが出てきて、飛雄馬は驚きのあまり、目を丸くする。
「お魚が安かったから。出張の連絡が来たのも作り始めてからで……お口に合うかわからないけれど」
PR
いけない、寝てしまっていた、と飛雄馬は畳の上で寝転んだまま高い天井を見上げる。
誰がかけてくれたのか、ありがたいことに腹の上にはタオルケットが乗せられていた。
しばし畳の上で仰向けのまま瞬きを繰り返してから、飛雄馬は寝返りを打つと、右側臥位の格好で閉まったままの襖を見つめる。心地良い。このまま二度寝と洒落込みたいくらいだが、そろそろ起きねば、と体を起こし、立ち上がる。
居室兼寝室にと充てがわれた親友の屋敷の一室。
姉と共に住んでいたマンションの部屋は既に引き払われ、幼少期を過ごした長屋も今はなく、いわゆる住所不定であった飛雄馬は親友・伴宙太の屋敷に身を寄せ、ここから伴重工業のグラウンドに出向いている。
今日は伴が給金を弾み、呼び寄せてくれた二軍選手らも他球団の選手らと試合が組まれているとのことで、午前中は飛雄馬もビッグ・ビル・サンダーと共にトレーニングに励んだが、午後からは久しぶりに休暇を取っていた。
伴はこの日、サンダーと共に東京見物に出ており、屋敷にいるのはお手伝いさんを除けば、飛雄馬ひとりである。
飛雄馬がおばさんと呼ぶ顔馴染みのお手伝いさんが作ってくれた昼食を食べたのち、腹が落ち着いてから庭でトレーニングをしよう、と考え、ごろりと畳の上に横になったが最後、どうやら日頃の疲れも手伝い眠ってしまっていたらしかった。
昼寝をしたのはどれくらいぶりだろうか。
いや、行方をくらませてからは腕の腫れや痛みが治まるまでしばらく、寝てばかりいたような気もする。
町医者に嘘を吐いて処方してもらった鎮痛剤で、痛みをごまかす日々を送る中で薬に耐性ができ、徐々に処方通りの服用では効かなくなってしまい仕舞いにはアルコールに手を出した。
大量の酒を飲み、酔っては管を巻く父親が嫌で嫌で当時は仕方なかったが、こうして振り返ると彼もまた、戦争で痛めたと言っていた肩の痛みをごまかすために、酒に溺れてしまっていたのかもしれなかった。
医者にろくに治療してもらうこともせず、放置していた左腕は最早使い物にならず、今では遠投することさえできなくなってしまっている。
なんて、思い出に浸っている場合ではないのだが。
飛雄馬は苦笑すると、廊下へと繋がる襖をすらりと開け放ち、部屋の外へと出た。
そこから、玄関へと向かう最中、雨戸の開け放たれた縁側を歩いているとちょうどおばさんと呼ぶ彼女が洗濯物を取り込んでいるのと出くわし、飛雄馬は生来の人の良さから、手伝いましょうか、と声をかけた。
「ひえっ!ああ、星さん。驚いた……てっきり眠っていなさるものとばかり…ごめんなさいね。そして大変ありがたいのですけれど、私も旦那様やぼっちゃまに雇われている身ですから、お手伝いしていただくわけにはいかないのです」
「タオルケットを、かけてくださったのはおばさんでしょう。そのお礼ですよ」
「まあ、そんなお気になさらずに。星さんやサンダーさんがきてくださったおかげで、私も毎日楽しいですから」
「…………」
おばさんは、変わらないな、と飛雄馬は小柄な白髪頭を綺麗に結い上げた彼女を見つめ、頬を緩ませた。
伴もおれも、ずいぶん年を取った気がするが、おばさんは出会った頃のまま変わらず接してくれる。
「星さんは今からお出かけですか?」
「いえ、少し体を動かそうかと」
「それは、いけません。星さん、私坊っちゃんからあなたをゆっくり休ませるよう仰せつかっていますから」
「え?」
「トレーニングは今日はお休みになさいませ」
「し、しかし……」
「私が叱られてしまいます」
そう言われてしまっては返す言葉がなく、飛雄馬はその場で立ち止まる。
「………」
「部屋でゆっくりなさってください、星さん」


あ〜〜ス●ベなのが読みたい!!!!!!
週末書きたいです…星受けR指定本どなたか出してください言い値で買い取らせていただきます…
すみません、と街中で声をかけられ、飛雄馬はふと、その場で足を止め、背後を振り返った。
すると、学生服を身に纏った少年や幼い子供の手を引く女性、連れ立って歩く若い男女二人組……近くを歩いていた老若男女が呼び止める声を聞いたか飛雄馬と同じように歩みを止め、ふと、各々の背後を見遣る。
しかして、呼び止めたスーツ姿の彼──が、野球帽を目深にかぶり、目元を色の濃いサングラスで覆い隠す得体の知れない男との距離を詰めつつあるのに気付くと、何事もなかったかのように雑踏に紛れていく。
飛雄馬は──振り向いた拍子に僅かにずり落ちたサングラスを定位置へと指で押し上げてから、何か?と目の前の男に尋ねた。
上等なスーツを着こなす色男に知り合いはいないはずだが、と飛雄馬は口を噤んだまま、彼の発言を待つ。
「道に、迷ってしまってね。不躾で申し訳ないが、――商社をご存じないかね」
「ああ、それなら今来た道を引き返して、ここから煙草屋の看板が見えるか。その隣のビルだ」
人は見かけによらぬものだな、と飛雄馬はサングラスの奥で目を細め、出張か何かか?とも続けて尋ねた。
「ええ、そうです。フフ……」
目の前の男が、何気なく漏らした笑みに飛雄馬はぞくっと全身が総毛立つのを感じる。
おれはこの笑みを知っている……?
この男、どこかで会ったことが?
「…………」
「コーヒーでも、いかがです。道案内の、お礼も兼ねて」
ニッ、と微笑んだ男の顔を飛雄馬は見つめ、しばし考えあぐねた。
この男に、ついて行っていいものだろうか。
道案内程度でコーヒーを奢るなど聞いたこともない。
それに、出張で来ていると言っていた気がするが、悠長にコーヒーなど、飲んでいる暇などあるのだろうか。何かが、おかしい。
男との邂逅、この数分の間に覚えた違和感に、おれは従うべきなのだろうか。それとも、素直に厚意に甘える道を選ぶべきか。
「……高くつくぞ」
「…………」
飛雄馬が呟いた冗談に対し、男は再び、ニッ、と微笑むと、ついて来いと言わんばかりに歩み始めた。
変わった男だな、と飛雄馬はこちらを振り返ることなく人混みに紛れ、先を行く男の後ろ姿を見つめる。
出張で、と言うのも出任せかもしれぬ。
あの男からしてみれば、おれは単なる暇潰しの道具でしかないのかもしれぬ。
体躯に沿って丁寧に誂えられたであろう三つ揃えのスーツを身に纏った彼は、商談先の会社を自分の足で探し歩くような身分の男とは到底思えなかった。
野球帽を目深にかぶり、顔が割れぬようにとサングラスで目元を覆った見るからに怪しげなおれを見て、彼もまた、己に似た何かを感じ取ったのかもしれない。
変わり者同士、話が合うかもしれんな。
飛雄馬は小さく吹き出すと、遠くに行ってしまった彼を追いかけるために、自分もまた、人混みを掻き分けるようにして歩き出した。
そうして案内された喫茶店の席に着き、飛雄馬はおしぼりと冷水入りのグラスを持ち寄った女性店員に、コーヒーをふたつと告げた男の顔を瞳に映す。
「ぼくの顔に、何かついていますか?」
男が視線に気づいたか、そう、尋ねてきたことに飛雄馬は動揺し、いや、と言葉を濁すと、グラスを手にし冷水を啜った。
冷たい水が喉を通り、全身へと染み渡る。
何の変哲もない、水道水にこれまた水道水で作ったであろう氷を浮かべた代物だが、今の飛雄馬からしてみれば、この冷たい水が何より美味であった。
「野球が、お好きなんですか」
その、野球帽を見るにつけ、と男は付け加え、はたと思いついたがごとく何やら着用しているジャケットの内側に手を差し入れ──そこから取り出したものの中から一枚、手にした紙片を飛雄馬へと手渡してきた。
「好きでも、嫌いでもないな、野球は」
答えてから、飛雄馬は受け取った紙片に視線を落とす。そして、その紙片に書かれた文字列を最後まで読み終えた瞬間、飛雄馬は目の前の男──花形満に対し抱いていた違和感の正体を知ることとなった。
彼は、花形は、おれを星飛雄馬だと知っていながらまるで初対面のような振りをしていたのだ。
飛雄馬は、探していたよ、星くん、いや、飛雄馬くん、と何食わぬ顔をして微笑む花形を前に、ただただ呆然と席に座っていることしかできなかった。
「きみの行方を、興信所に探らせていてね。今朝、東京に着いたばかりだろう。それまでは宮崎に──」
「花形さん!」
飛雄馬の鋭い一声に、騒がしかった店内が、しん、と静まり返る。
「…………」
「人のことを、あれこれ詮索するのはやめてくれ。あなたにだって知られたくない秘密のひとつやふたつ、あるだろう。おれがどこで何をしていようと、あなたには何の関係もないはずだ」
ぽつりぽつりと飛雄馬が言葉を紡ぎ出したことで、一度は静寂に包まれた店内も、元の騒がしさを取り戻していく。
「関係ない。よくそんな台詞を口にできるものだ。皆、きみのことを心配している」
「心配、か。ふふ……もう皆、とっくにおれのことなど忘れてしまっていると思っていた。おれは名刺を渡されるまであなたが誰かわからなかったと言うのに」
どうも、と飛雄馬はコーヒーを運んできた店員に礼を言い、テーブルの端に置かれていた角砂糖瓶から中身をひとつ、取り出すとそれをカップの中に沈めた。
「それは、残念だ。ぼくはきみのことを思い出さなかった日はないというのに」
「…………」
カップを口元まで寄せはしたものの、歯の浮くような台詞を平然と眉ひとつ動かさず言ってのけた花形の胸中を測りかねて、飛雄馬はそのまま静止する。
「飛雄馬くん?」
「さすがは花形さんだ。そんな台詞も板についている。野球は辞めたと聞きましたよ」
名を呼ばれ、飛雄馬はギクリ、と身を強張らせたが、至って平静を装い口元に寄せたコーヒーを啜る。
「きみのいない球界になど用はない。それは伴くんとて、お義父さんとて同じこと」
「……伴」
ふ、と飛雄馬は懐かしい親友の名に、思わず顔を綻ばせた。伴宙太、そうか、彼も野球を辞めたのか。
いつもおれのことを気遣ってくれた彼、大リーグボール二号の秘密を口を割ることなく黙っていてくれた彼、中日のユニフォームを身に纏い、背番号8を背にし打席に立った彼。
泣くのも、笑うのも、何をするのも一緒だった伴。
そうか、伴も野球を……おれの球を捕るために彼は柔道を辞めてくれたというのに。
おれに出会わなければ、伴にはもっと幸せな道があったのではないかと考えずにはいられない。
「…………」
花形さん?と突然口を噤んだ花形を案じ、名を呼んだ飛雄馬だったが、次の瞬間、彼の手からカップから滑り落ちるのを見た。
それどころか白い陶器製のカップはテーブルにて打ちどころが悪かったか音を立てて四散し、机上を黒に染めたばかりでなく、飛雄馬の履くスラックスにまで染みを作った。
「…………!」
「お客様!」
「拭くものをお持ちします!」
近くのテーブルに料理を運んでいた店員が事に気付き、慌てた様子で奥へ引っ込む。
黒く濡れたスラックスはゆっくりと冷えていき、飛雄馬はその場に固まったまま、テーブルの端から床に雫の滴る規則的な音を聞いていた。
「……すまない。うっかりしていた」
花形が席を立ち、自分の足元に屈んだことで飛雄馬はハッ、とそこで我に返る。
店員もおしぼりをいくつか持ち寄り、大丈夫ですか?と尋ねてきた。
「あ…………」
花形さんが、こんな粗相をするとは。
何か思惑があってのことでは──いや、人を疑うのは良くない、しかし、この人のことは今でも測りかねる。一体、何を考えているのか──。
花形が店員に礼を言い、おしぼりでスラックスを拭おうとするのを制止し、飛雄馬は席を立った。
黒い染みは広範囲に渡り、色の薄いスラックスであったことも災いし、やたらと目立つ。
「……弁償させてもらおう、飛雄馬くん。ひとまず、外に出ようじゃないか」
「お客様、あとは私どもが致します。どうぞお気になさらず」
濡れた床や椅子を拭く店員にもそう言われたことで、飛雄馬は花形に導かれるようにして店の外に出ると、彼が拾ったタクシーに促されるままに乗り込んだ。
「火傷は、していないかい」
「花形さんこそハンカチをだめにして……ふふ、あなたの失態らしい失態は初めて見たように思う」
タクシーの後部座席、隣に座る花形に尋ねられ、飛雄馬は気に病んでいるであろう彼に対し、笑みを返す。
「見苦しいところを見せたね」
「…………」
一体、どこへ、とは飛雄馬は訊かなかった。
自分の素性を明かさず、接触してきたかと思えば、今度は彼らしからぬ失態。
かつての阪神の花形はもうどこにもいない。
初めて、この男そのものに触れたように思う。
いや、今は、姉の夫として、か。
こう見えて、人間らしい一面もあるのだな、と飛雄馬はタクシーの窓から外を見つめ、花形と初めて出会ったときのことを思い出す。
あれからずいぶんと、遠くへ来たものだと思う。
彼がいなければ、おれこそ野球をやっていなかったかもしれない。野球、もう硬球を握らなくなってしばらく経つ。左腕ももう使いものにはならない。
今のおれには、何が残っているのだろう。
何ができるのだろう、全国を放浪する中で、まだ答えは出ていない。
程なく、ふたりを乗せたタクシーは名の知れたデパートの前に停車し、飛雄馬はまたしても花形に導かれ、その場に降り立った。
そうしてあれよあれよと言う間に、紳士服売り場にてスラックスを二枚と下着を買い与えられ、再びタクシーに飛び乗っていた。
それからしばらく走った先、タクシーは質素なビジネスホテルの前で停まる。
すでにデパートの試着室で着替えてはいるが、ここで汚れたスラックスをクリーニングしてもらえとでも言うのだろうか。
飛雄馬は降りないのかね、と尋ねてきた花形に導かれるままにタクシーを降り、彼のあとを着いてホテルの中へと入った。
「今日はゆっくり休みたまえ。宮崎から帰ったばかりで疲れただろう」




どうにもしっくりこず、ボツです。
う〜ん。
途中まで書きすすめていましたが、どうもしっくり来ず…このふたりの関係ってなかなか難しいですよね…色んなもの抱えてる気がします、主に花形さんが(笑)




ギブスの音が耳について離れない。
いつまでも、いつまでもおれ自身を苛み、おれの人生を縛り続けている。
苦しい。
「…………」
「……くん、…………くん、飛雄馬くん!」
ハッ!と飛雄馬が己の名を呼ぶ声で目を覚ますと、自分の顔を心配そうに覗き込む顔があって、再びギクリと体を強張らせることとなった。
「は、花形さん……」
汗にまみれた体をゆるゆると起こし、飛雄馬は水でも飲むかね、の言葉に、お願いします、と返す。
嫌な夢を見た。
ギブスを外してから、もう十年以上経つと言うのになぜこんな夢を見てしまったのだろう。
この男に遭ってしまったからだろうか。
何を思ってかベッドに腰掛けた花形の姿を追うようにして、一度は項垂れた顔を上げた飛雄馬だったが、ふいにその顔が距離を詰めてきて、思わず目を見開いた。
「う……、っ」
身構える間もないまま口付けを与えられた唇に何やら冷たいものが触れ、飛雄馬は体を震わせる。
それからすぐに口の中が冷たい液体で満たされて、飛雄馬は目を閉じると同時にごくりとそれを飲み下すに至った。
冷えた口内に、花形の熱い舌が続けざまに滑り込んで来て、飛雄馬の肌は粟立つと共に、全身を紅潮させた。
酒でも嗜んでいたか、僅かな酸味の残る唾液に、煙草のそれらしき苦みが混ざっている。
「花形っ、……!」
飛雄馬は花形の体を両手で突き飛ばすと、唾液に濡れた口元を拭い、目の前の彼を睨む。
「おやおや、とんだ礼をしてくれるものだね」
「いい加減に、してくれ……」
そう言って睨んだ花形の肩の向こう、カーテンの引かれた窓の向こうで稲妻が光った。
どうやら夢の中で聞いたギブスの音は、この雷鳴を伴いながら降り続く雨のそれだったようで──飛雄馬は、世話になった、と言うなり床に足をつき、ベッドから立ち上がった。
雨はひどく降っているようで、風に煽られ木々がざわめく音が部屋の中まで聞こえてくる。
「待ちたまえよ、飛雄馬くん。出て行くのは雨が落ち着いてからでもいいだろう」
「これ以上ここにいたら次は何をされるかわからんからな」
「…………」
花形は言い返すでもなく、着ていたジャケットのポケットからシガレットケースを取り出すと、おもむろにそこから取り出した一本を口に咥えた。
マッチを擦る、乾いた音が湿った部屋に響いて、辺りには煙草の煙が漂う。
花形が嗜むそれはあまり嗅いだことのない香りがする。恐らく、彼好みの外国製のものだろう、と飛雄馬はこちらのことなど気にも留めず、煙草を嗜む花形から視線を外すと、ここに来るまで着用していた自分の衣類一式を見つけるべく、付近を見渡した。
そう言えば、ここに来てすぐシャワーをあびた気がする、と記憶を掘り起こしつつ、考えつく場所を探ったが、それらしきものは見つからず、気持ちばかりが焦る結果となった。
あれがなければここを出て行けない。
まさかこんな、裸同然の格好では。
「きみの着ていた服なら勝手をしてすまないが、クリーニングに出させてもらったよ。明日の朝には乾いているだろう」
「…………!」
「まあ、そのまま出て行くと言うのなら止めはしないがね。タクシー代くらいは出させてもらおうじゃないか」
フフフ、と花形はおかしくて堪らぬと言うような笑みを浮かべ、肩を震わせる。
飛雄馬は脱力しその場に呆けたが、すぐに唇を引き結ぶと、そのままベッドへと戻った。
未だ自分の体温が残る生温い布団を飛雄馬は頭からかぶり、目を閉じる。
早々に眠ってしまえば、花形も下手に手出しはせぬだろうと考えてのこと。
視界が不自由ゆえに、花形が立てる物音がやたらに耳につく。
行く宛もなく、雨風を凌げればと寄った商店の店先で出会った花形に、誘われるがままに身を寄せたホテルの一室。
濡れた体を暖めて来るといいと促され、熱いシャワーを浴び、部屋に戻ったところで、あんな……。
考えるのも、思い出すのもおぞましいほどの……。
雨の音がうるさい。
そうでなくとも花形の立てる物音が気になって仕方ないと言うのに。
飛雄馬は掛け布団とシーツの敷かれたマットレスの間で体を縮こまらせ、懸命に眠ろうと目を閉じるが、そう思えば思うほどに目は冴えていく。
「……眠れないのかね」
花形に声を掛けられ、飛雄馬は布団の下で体を震わせる。気付かれたか、と息を潜めるが、こちらに近付く気配があり、飛雄馬は観念し、見開いた目を閉じた。
うるさい、あっちに行け、と、跳ね除けてしまおうとも一瞬、考えたが、この部屋を提供してくれた恩もある。
花形さんが勝手にしたことだろう、と言ってしまえばそれまでだが、こんなときによぎるのはねえちゃんの顔で──おれはまたねえちゃんのせいにしてこの場をやり過ごすのか、という自己嫌悪にも駆られた。
そんなことを考えている間に、花形がベッドに腰掛けたらしく、スプリングが嫌に軋む音で飛雄馬は我に返る。
花形さんは、ねえちゃんに悪いと思わないのか。
おれたち姉弟をなんだと思っているのか。
こんなことがねえちゃんに知れたら……。
「部屋を分けようか。眠れないのはきみも困るだろう」
「…………」
花形の口から発せられたまさかの言葉に、飛雄馬は驚いたものの、緊張し、マットレスの上で縮こまらせていた手足を伸ばす。
そうして、その必要はない、と彼を擁護する言葉を口にした。
「ぼくが着替えているも元々そのつもりだったからさ。ゆっくり休みたまえ」
言うと花形は、革靴の奏でる軽快な足音を響かせ、そのまま部屋の出入り口に向かったか、その気配が遠ざかったのが飛雄馬にもわかった。
このまま行かせてしまっていいのだろうか。
いや、むしろ、あんなことをされておいておきながら、このまま黙って引き下がっていいものだろうか。
頬のひとつを張るくらい……けれども、あのままあの場に留まっていたら、凍え死んでいたかもしれないおれを、助けてくれたことは事実だ。
「ま、待ってくれ、花形さん……おれはあなたにまだ、ろくに礼も言えていない」
「礼?何を今更、熱でもあるのかね」
「そ、そんなことは……」
口籠った飛雄馬だったが、ホテルの建物そのものを揺らすような大きな雷鳴が鳴り響き、部屋の照明が忽然と消え失せたために
ひと仕事終えたおかげで緊張の線が切れたか微妙に体調が悪い日が続いております…うう…すみません。
治り次第更新します…せっかくの夏休み…


 

飛雄馬は布団の中で一度寝返りを打ってから、しまった!と全身に冷や汗をかきながら体を跳ね起こすと、ベッドの枕元に置かれていた時計を掴むなり、それを手元に引き寄せた。
短針は間もなく9の位置を指そうとしており、長針もまた12に届こうかとしている。
完全に遅刻だ。
しまった、ねえちゃん、どうして起こしてくれなかったんだ──と飛雄馬は上体を起こした格好で頭を抱えたが、今日が試合の組まれていないオフ日であったことに気が付くと、ホッと胸を撫で下ろした。
9時か、間もなく伴が訪ねてくるなと飛雄馬は時計を元の位置に戻すとベッドから床へと降り立つ。
今日はねえちゃんも人手が足りないとかで朝からアルバイトに出かけているんだっけ。
何もかもが物珍しくて新鮮で楽しいと話すねえちゃんはいきいきと、はつらつとしていてこちらも元気を貰えるな、と飛雄馬は洗面所で歯を磨き、顔を洗うと、台所にてあらかじめ明子が作ってくれていた味噌汁入りの鍋を火にかけた。
着替えは、ねえちゃんもいないし食べてからでいいか。人の目がないと段々物臭になっていく自分がいてよくないな、と飛雄馬は沸騰する寸前で火を止めると椀に味噌汁を注ぎ入れ、炊飯器から茶碗に飯をよそう。
毎日、毎日中身の違う味噌汁。
やはりこの味が、いちばん舌に馴染む。
洋食をあまり好まなかったとうちゃんから離れたことで、食卓にも洋風の料理が並ぶようになり、ねえちゃんの勉強熱心さには驚いたものだ。
飛雄馬はソファーの置かれたリビングのテレビの前、そのテーブルに着くなり床に腰を下ろし、味噌汁を一口、啜ると炊いてから少し時間の経った白米を口に運んだ。
たまのオフ日くらい、ねえちゃんに楽してもらえるよう、おれも何かしら手伝わなければなと飛雄馬は椀の中の程よく煮え、仄かな甘みさえ感じる野菜の品々を箸で口元に持っていく。
今日の夕飯は何をすると言っていたっけ。
変に冷蔵庫の中を引っ掻き回しては迷惑になるだろうから、ねえちゃんが帰ってからおれが支度をするよと言うことにしよう。
それにしても、ひとりだとこの部屋は広すぎる。
ファミリー向けのマンションを契約したのだから当たり前と言えばそうなのだが、姉弟ふたりでも正直持て余してしまう。
ねえちゃんのおかげで毎日ゴミ一つない綺麗な状態を保てているが、おれひとりならばたちまち部屋じゅうにゴミが溢れてしまうだろう。
ねえちゃんは、もしかしておれの世話をするのが嫌で働きに出たのではないか。
ある程度の年齢を迎えて、身の回りのことが自分では何ひとつ出来ないなんて甘えている、と暗にねえちゃんはそう言いたいんだろうか。
「…………」
飛雄馬は味噌汁を啜り、白米を頬張る。
あっという間に一杯ずつを平らげ、飛雄馬はシンクへと使用した食器を一式置くと椀と茶碗とに少量、水を溜めた。
すると、玄関先で来客があったか扉へのノックがあり、飛雄馬は返事をしつつそちらへと向かう。
「おう、おはようよう。星」
「伴……」
扉を開けると顔を覗かせたのは、昨日のうちからクラウンマンションを訪ねる予定となっていた伴宙太であり、飛雄馬は上がれよ、と彼を室内へと誘った。 
「いつまでパジャマ姿でおるんじゃい。まったく子供みたいじゃのう」
「ああ、そろそろ着替えようと思っていた。昼からの予定は?」
飛雄馬はは今まで自分が着き、食事を摂っていたテーブルの向かい、ソファーに彼を案内し、ちょっと着替えてくると自室に引っ込んだ。

プロフィール

HN:
きりう
性別:
非公開

 

最新記事

(04/05)
(01/26)
(01/11)
(12/03)
(11/27)

 

P R